チラシを感謝して作る

■お客様に最も近づける分身

チラシとは会社の一部であり、もっともお客様に近づける分身であるといえる。唯一、勝手にお客様の家に訪問し、家の中まで上がることができるのだ。なんと素晴らしいツールだろう。チラシを最初に考えた人は商売のノーベル賞を上げたいくらいである。その素晴らしく便利なチラシを今や当たり前のように、半分惰性で売っているところはないだろうか。空気と同様、その存在が当たり前になった時に人はその存在に感謝をしなくなる。もし地球上からチラシがなくなったら、どうやってタイムリーに店の紹介をするのだろうか。インターネットがその代わりをする、という人もいるだろうが、私はそうは思わない。

テレビが普及し始めたころ、新聞がなくなるのではないかという論議があったそうだが、新聞はなくなっていない。あらゆるマルチメディアが発達しても、すぐ手に取ってみることができる紙媒体というものはおそらく永遠になくならないだろう。

■知恵と感謝で資源を有効に。

地球環境の点からみると、チラシは元をただせばパルプつまり、木から作られている。最近の二酸化炭素の問題などを見ていて、失われていく森林がこのチラシに化けているのかと思うと、悲しくなってくる。何が悲しいかというと、あまりにも知恵を使っていない、死んだチラシが多いからだ。資源とは有効活用してこそ生きてくるものだ。知恵を使わず、寝られていないチラシは、貴重な森林資源のむだ使いをしていると私は思う。同じチラシを打つのであれば、森林に感謝し、チラシに感謝し、できるだけ知恵を絞り、当たる、生きたチラシを作ってこそ、資源も生きてくるのではないだろうか。